◇メメント・モリ◇

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by : 藤原新也

日常と非日常について。

旅という非日常は、案の定、ぼくにパワーをくれた。
同時に、疑問を感じた。

日常もパワーをくれる。
当たり前のように定着した日常のRoutineたちも、
時に幸せに感じられる。

日常の中に非日常を探すし、非日常の中で日常を探す。

日常と非日常の境目が判らなくなった。

偶然と必然の境目も判らないし
夢と野望の境目も判らない。

ぼくは最近、何事も「限られている」ように見える。

時間の制限があるから、今を生きれる。
制限があるから、創造性を発揮できる。

だまされてんなぁ
だまされながら生きてる。

思考の経験に記録が追いつかない。
形を残すことが出来なければ、
あらゆるものに制限された今を生きる意味はなくなる。

果たして、そうか。

そうですか?

考えることに、屈するな。
疑問に、屈するな。
あきらめるな。

メメント・モリ。

8 Comments

  1. acchan

    思考の経験こそが記録じゃない。

    わざわざ形に落とす必要もなかろう。

    形に落とさなければ、不必要なものは削れていくよ。

  2. きよ

    そうです・・・ね。

    ちっくしょー。お別れのときに最後の一文字を合わせられなかったのが悔しい。

    って

    そうですか?

  3. そうですか?
    みんなが日記で連発しててマジおかしいよ。私も非日常でいようとしたらもはや境がなくなってしまった。
    あーやばい。毎日が幸せ。
    それもあなたのおかげ。

  4. そんぎゅ

    ニンゲンは犬に喰われるほど自由だ。

  5. はか

    そう、、限られている・・・

    時間制限があるから、旅は旅であって
    もしそれが無いのなら、日常の暮らしでしかない

    そして、終わった後に”非旅”な時間があるから
    旅を旅として認識出来るし
    旅中も、目標やモチベーションを確保できる
    その結果、旅後の非旅な時間に、旅がどんなものであったかを規定できる

    そして、その経験を糧に、次を生きる

    制約された時間の中での事象は、
    振り返ったときに初めて色を帯び、意味を成し、経験として形を成す・・
    のだと思いました

    じゃあ、人生は・・??

    人生を規定する
    人生が終わった後の非人生な時間は
    どこに在るのか?
    僕の思考は、いつも”恐怖”に負けてしまいます

  6. vovo

    この本の最後で藤原新也が、漫然な正常より意識のある痴呆を選ぶって言ってたのが印象的だったな。

    話しは変わって、イスラエル周辺の政情が不安定だけど夏の計画は進んでるか?

  7. Sung

    >あくちゃん
    あくさわさん?
    形に落とさなければ、不必要なものは削れていくかぁ。
    それに自信が持てない。怖いから、なんか残そうともがくんだな、ぼくは。

    >きよさん
    ぼくも悔しいですけど。
    ちょっと本気でセンチメンタル。

    ですか?

    >れいこ
    ほんと、当分の間はこの幸せだけで食っていけるな。来週雨かぁ。。

    >そんぎゅ
    太陽があれば、国家は不要。

    >はか
    やっぱり、肉体的な死に限定されて生きてる。

    ってことじゃないですか?

    >ぼぼ
    イスラエルは厳しそうだね。
    もう一度、インドに行くよ。

  8. YuRi

    限られた時間に無限の力と幸せがある。そんな時間が貴重でたまらないよ最近。

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