記録 ‡vol.51

働き方についてぼくの会社で起きていること、
それから今日のアメリカの大統領選で起きた結果、
ぼくの中では近いことと遠いことであり
ニュースとしては全く別の性質のものだけど。

どうしても関連づけて考えてしまう自分がいる。

そして、考えれば考えるほどこの出来事は
強く関連しているんだと確信する。
もっと言うと。
関連づけて考えることが大切だと思っている。

「大きな仕組み」のほころびが顕在化した
という意味で構造的には似ている現象だと思う。

そもそもみんな感じていた疑念に似た感情が
脳内を抜けて、声や現象となって、現れた感じ。

”中央集権” ”統治” ”トップダウン”
きっと歴史の中でたくさんのひとが時間をかけて
望ましい!と信じて選んで育ててきたシステムが
どっかのポイントから自然と、
システムの力を過信し制御を失って気付いたら
そのシステム事態を支えるためにいろんな人が
無理強いを強いられていて・・犠牲になって。
その人たちの届けたくても届けられなかった声が
いよいよ顕在化してきたんだなぁ、という。

たとえば自分が仕事をしている中でも感じてきた。
どんなプロジェクトでも気付かれないかもしれないが
片隅でまぢでつらい想いをしているヒトが居る。
華やかに見える世界であればあるほどその闇は深い。

たとえば自分が出会ってきた人の中にもたくさんいた。
どんな国においても気付かれないかもしれないが
自分のアイデンティティを国家とヒモづけられなくて
悩み苦しんでいる人が居る。

そういう闇みたいなもんは知らず知らずのうちに
かならず蓄積されていくもんなんだと思う。

その代償となった出来事を忘れないようにしよう。

会社や国家、大きなシステムの信頼が低下している。
より小さな「個」とか、目に見えない仕組みより
「Physical」の価値が相対的にあがる。

”システム”自体は意志を保有しないことに、気付く。

「会社がこういう決まりなんで」ということに
さほど効力がないことが次第に分かり始める。
仕組みはあくまで底辺を支えるためのものであり
個の自由を勝ち取るために組織を”使う”人が増える。

「うちの国はこうなんで」という、国という単一概念に
無理があると感じる人が増える。
アメリカのように分断構造が明確化する。国家より
都市や村レベルのガバナンスが個のシアワセを満たす。

とにもかくにも。

会社、国家、強烈にあらゆるものの地盤が揺らいでいる。
社会がどの極に振れるのかをみんな様子を伺っている。

自分<会社or国の構図に ? を投げかる人が増える。

「自分の人生の主導権を取り戻した方がいい」
という、合図だと思う。

大切な自分の時間をシステムに委ねていないで
いま自分が「どこに立っているのか」を理解して
「どこに立っていたいのか」をそれぞれが考えたらいい。

すべては”分離”と”統合”の両極を反復運動しながら
際限なくうごめいているんだと思っている。

また潮目は変わる。絶え間なく動いているだけなんだ。
一喜一憂してないで自分が出来ることに邁進しよう。

主導権をもって人生を生きる人が増えるほど
たぶん、気持ちよい世の中になる。

P.S
また大学時代のような文章を書いてしまった・・・
壮絶な本日の、思考の経験を記録
 @幡ヶ谷にて三岳のお湯割美味い!

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