Kと私

<第7回ハンギョレ21 手のひら文学賞入選 >

Kと私

呉成民

部下の死亡通知書を受け取った。急性心筋梗塞が原因の脳損傷。通知書の上に乾燥して刻まれた死因の文字越しに、大きく目を見開いたまま亡くなったKの死体が見えた。Kは死んだのだった。

”部下の管理もできないのか!”

大隊長の怒号が静かな軍病院に轟いた。うつむいた。同時に、悔しさを覚えた。部下とは言ってもKは58歳の元士であり、私は28歳の中尉じゃないか。小隊長と部下とは言え、彼の突然の死までは、どうすることもできないではないか・・・

”・・・おれは来月、進級審査なんだぞ。”

”わかっております。”

”早く処理しよう。陰口たたかれる前に。”

ザクザクと軍靴の音を鳴らしながら去って行く大隊長の背中を見て、長いため息が出た。軍病院の廊下が暗く長く見えた。

“小隊長、早く帰らないとならないかもしれません。”

2日前、私はソウルにいた。ヤンジェのとある会場で、兵役に就く前の将校たちを対象にした就職説明会に参加していた。Kの具合がよくないという電話を受け、ぶつぶつ文句を言いながら光州行きの列車に乗った。その時点ではもちろん、彼の死は想像することもできなかった。まったく、休暇をとった人間を放っておけないなんて、、と文句を言いながら光州に戻った。そしてわたしが到着したとき、彼は既に死んでいたのだ。

小隊に戻ると隊員たちがすでに状況把握を終え、わたしの顔色を伺っていた。わざと緊張感を漂わせていたようだが、彼らの顔にはこれ以上Kのことを見なくても良いのだという、妙な安堵感が広がっていた。全羅南道光州にある航空飛行団、憲兵隊総勢7名の小さな外郭小隊。そこがわたしとKの小隊だった。幹部の執務室と兵士の内務室。ちょうどこの2つの部屋だけでできた小さな小隊。執務室に入り机を眺めてみた。本来であれば小隊長の席のはずなのだ、Kはここを占拠して決して退いてはくれなかった。兵役が3ヶ月だけ残ったベテランの元士。彼はその席に座り老後の準備に勤しんでいた。わたしたちは最初の出会いから悪縁だった。

2年6ヶ月前、私は新人少尉として小隊に来た。前任のベテラン将校の、余計な覇気がまだ抜けていない雰囲気だった。私は小隊員7名を並べ、準備してきた就任挨拶を読み上げた。

”わたくし小隊長はソウルにて就学し基本軍事訓練を優秀な成績で終了したのち・・・”

そのとき、白いランニングシャツにベルトはほどいた姿で軍靴をつぶしながら履いたひとりの老人がすっと現れた。水やりに行く道だったのか、じょうろを手にしていた。わたしは ”部隊の中にどうして民間人がいるのだろう” と思った。その民間人こそが、私と一緒にシゴトをすることになる先任の部士官Kであった。

”・・・どなたですか?”

むしろ彼の方から、驚いたように目を丸くして聞いてきた。強い南の方言で、ここに来た理由を聞いている様子だった。戸惑いながら私は

”あの、ここの小隊長としてきたのですが。”

と飽きれた様子で返事をした。

”何?小隊長!?”

まるでこの部隊には小隊長など存在してはならない、といったような反応だった。Kはじょうろを投げ捨てわたしにそろそろと近づいてきた。そしてまるで人相占い師のように顔をゆっくりと観察した。長い観察の後、彼は結論を下した。

”・・・軍での生活は無理そうだねぇ。”

同列した7名のうち数名がプッと笑い声をもらした。将校訓練をしていたとき、将校先生が言っていたことが頭に浮かんだ。”支隊では初任将校を無視する人間が必ずいる。そういう時は、最初のうちに断固たる自分の姿を見せておけ。” 「断固とした姿」。わたしはここで引っ込んでは終わりだという心境で後ろ姿で去って行くKの背中に向かって断固として声を上げた。

”おいこの野郎!いまなんと言った!?”

戦争が始まった。

Kは上手だった。軍生活30年の経験はいままさに赴任した私が太刀打ちできるレベルではなかった。彼は席を空けてはくれなかった。執務室にひとつある机を占拠してどいてはくれなかった。何の本を読んでいるのか,出勤すると一日中机に座って本ばかり読んでいた。机に座って叫び声をあげてはおかしなことをお願いしてきた。ナイフを磨け,草をむしれ,休む暇もなく命令ばかりをしてはひと時もじっとしていることはなかった。私はただ座っているだけだったが、そんな兵士はなかなかいなく、やがてKは孤立した。

いらいらするので最古参の兵長を捕まえて質問した。いったいあのK元士というのはどんなひとなのか。兵長はKについて教えてくれた。10年もこの小隊に留まっている幹部で、大隊では誰も触れることのできない最古参の元士だと。わたしはそこでようやくわかった。この小さな小隊がKにとっての王国であるということを。そうしてわたしの少尉一年目はKとの冷戦で過ぎて行った。中尉になるまでKとわたしは一言も言葉を交わすことはなかった。わたしが唯一目にするのはKの背中だった。彼はわたしが執務室に戻るとわざと背中を向け顔を見せることはなかった。彼がそうする姿を見るたび、残りの3年という服務期間がなんだか寂しく思えた。

もうKの背中はない。わたしは彼が座っていた席をみた。彼が読んでいた本,使っていたペン,飲んでいた薬。ほこりひとつない様子でそれらは主人の帰りを待っていた。わたしはしばらくの間彼の席に座りこれからの葬儀の手続きのことを考えていた。

* *

”奥様の署名が必要なんだそうです。”

翌日、大隊本部にて。行政部士官からのことばだった。Kは死んだが大隊は静かだった。誰ひとりとして彼の死について悲しんではいなかった。Kは徹底的にひとりを貫いていたのだ。行政部士官は遺族が万が一にも訴訟を起こすこともあるため、死亡診断書に保護者の署名をもらうの重要だと強調したのだった。不祥事が起きないように署名をもらっておこうということだ。

”私がですか?”

そうじゃなければ誰が行くのだというような視線がわたしに浴びせられた。
”早く署名をもらってきてください” 死亡診断書はそうして私の手に渡ったのだった。

小隊に来た。小隊の前にはKの車が駐車されていた。黒い旧型のグレンジャー。Kは団長と全く同じ車に乗っていた。ひとびとはKが通るたびに団長が通ったものと勘違いをし敬礼をした。間違って大隊に聞こえた時には大隊長が走って出てきて挨拶をしたことすらあった。その度にKはけらけら笑っていた。悪趣味だった。

わたしはKの車を運転して部隊を出た。妻に会って死亡診断書に署名をもらっては車まで渡してこようと言う算段だ。黒いグレンジャーが部隊の正門を通過すると、兵たちは大きな声で必勝の号令を叫んだ。

光州市内。行政部士官がくれた住所に車をつけた。そこは、以前わたしがKを連れてきたことがあった場所だった。たった一度だけ、Kが買ったアパートに行ったことがあったのだった。大隊の会食の時だった。会食といえば絶対に来ることのなかったKがなぜか会食に参加した日だった。誰もがKを嫌いではあったがそれよりずっとKのほうがみんなのことを嫌いだった。そんなKが会食に来てお酒をとにかく飲んだ日だった。その日,Kは中隊長を罵倒した。私は顔が真っ赤になったKを連れて私と一緒に家まで送ってあげたのだった。

プンアム地区のとある一棟のアパート。Kが住んでいた場所。その日Kは門の前まで連れて行ってあげようとするわたしを振り切ってひとりよそよそと歩いて戻っていったのだった。わたしはエレベーターに乗り彼の家まで上って行った。チャイムを鳴らすとひとりの女が現れた。彼女を見ると、わたしは遺族にあって彼らを説得しなければならないのだという事実がいまさらながらに湧いてきた。どうしたのかと聞く彼女に対して、わたしは彼の死を伝えた。部軍で、昨日部隊で、急性の心筋梗塞で・・・わたしは最大限低く恐縮そうな声でKの死についての経緯をひも解き始めた。そしてわたしが申し訳なさそうに死亡診断書を出したとき、彼女がこう言った。

”・・わたしは妻ではないのです。”

一棟のアパートの前には先週降った初雪が未だに積もっていた。わたしはKと一緒に雪に降られていた。

”小隊長!指が開かない!”

初雪が降った日、Kは特有のタメ口で荒々しい口調で自分の曲がった指を見せてきた。

”病院に行かれては?”

そんなありふれたやりとりをした日から未だ一週間。もうKはここにいなく、彼の死亡通知書が残った。そしてわたしが妻と思っていた彼女はKの内縁の妻だった。

またKの車に乗った。頭が痛かった。Kの家族だと。わたしは記憶を辿ってKとのことをもう一度、頭に浮かべてみた。

Kと会って1年が経った日。わたしはKと和解しようと決意した。これ以上兵士執務室で縮こまっているわけにはいかなかった。このように落ち込んだ軍生活を続けるのはいやだった。そしてなによりも大変だったのはKがわたしに見せる奇妙な好奇心だった。Kは最初の数ヶ月はわたしは無視していたのにそれ以降は私を観察し始めたのだった。それは厳密な監視だった。自分の王国を奪われないように城主のようにずっと細い目でわたしを監視し続けたのだった。当直勤務を終得た後、内務室で少しの間目をつぶっているとKはさっとわたしに近づきわたしを見つめていた。おかしな感じがして目を開けてみるとすぐ目の前にKの顔があった。驚いて腰を抜かしながら起きると彼はもう一度自分の執務室へすっと入って行った。出勤から退勤まで、Kはわたしの一挙手一投足を監視していた。こんな状況ではノイローゼになりそうだった。これ以上がまんすることはできなかった。

一旦執務室に戻った。本を読んでいたKはわたしを見るや椅子をくるりとまわして回して座った。いったいこの人は一日中何の本を読んでいるのだろう?わたしは横目にKの懐にある太い本のタイトルを確認した。驚くことにその本は”大気環境産業技士”なる技士資格の参考書だった。そしてKが一日中読んでいた内容はおおよそ難しい化学式だった。ざっとみるとKはひとつの問題も解けていなかった。彼は巻末の解答用紙に内容を写しては、一日中それをひとつひとつ覚えていたのだった。

わたしは、タイミングが来たな、と思った。化学は得意ではなかったが簡単な化学式くらいは解くことができる。

”それ、反応前と反応後だけわかればいいんですよ、、、”

わたしが漏らしたことばにKが反応を見せた。

”・・小隊長、これ解けるのか?”

こうすればいいじゃないですか、わたしはささっと机に近づき彼のノートの化学式を解き始めた。これは単なるドリルではなかった。これはわたしがあなたの勉強を妨害する意志がないという、政治的なジェスチャーだった。わたしを見るKの視線が感じられた.彼も私の意図を把握したとういことが明らかだった。そうして、冷戦は終わった。

平和は瞬く間に訪れた。わたしがKとコトバを交わすと、兵士たちも私に続いた。Kは小隊倉庫に隠していた机ひとつをもってこいといい、執務室に置いてくれた。小さな執務室に机が2つ入ると、Kとわたしはほとんど背を併せているような状況だった。それでも兵士内部室にいるのよりはよかった。

しかし以外にも副作用が待っていた。それはKのおしゃべりに付き合うことだった。口を開いたKは一日中騒ぎ始めた。わたしは一人暮らしの老人の話し相手になったように、彼がこぼす話を聞いてあげなければならなかった。

”小隊長!”

こうして始まった彼の話は短くて一時間、長くて数時間続いた。私は業務につきながら彼の話を聞かなかればならなかった。Kがわたしに話をするか、大気環境産業技士の勉強をする以外は1秒たりとも業務をすることはなかったからだ。わたしは彼の話を聞くと2人分のシゴトをしなければならなかった。

おしゃべりの大部分の内容は自慢話だった。半分は自分自身について、残りは息子についての話だった。たとえばこんなふうに。当時は年金宝くじというものが発売された時だった。当選すると500万ウォンずつ20年の間、給付し続けるという宝くじだ。とある日はKが出社するやいなや、私を捜すとこう言った。

”小隊長!小隊長!おれの年金宝くじが当たった!”

”本当ですか?”

”おれが退役すると国から死ぬまでの間、年金をくれるから宝くじってことだろ??”

そしてひとりケラケラ笑った。”小隊長は宝くじあたったことないだろ?”と言いながら”むかつくだろ?”という表情で私を見つめた。わたしはこんな人にあげる年金こそ、まさに税金の無駄遣いだなと思った。年俸制とは人間を非効率的にする最悪な制度だと思った。彼が受け取る報酬でKは私より3倍も多い月給をもらい,そのカネで一日中大気環境産業技士資格の勉強をしていた。冷静が終わったのは良かったが、そんな姿を見る度に心臓が破裂しそうになることは一度や二度ではすまなかった。

自慢を追えると息子自慢の時間に戻った。

”小隊長、市内のワンルームマンションの価格わかるか?”

”そうですねぇ、部屋によって違うと思いますけど。どうしてですか?”

”いや、なんとなく。息子がキア自動車で自動車デザイナーになったといっていたんだけど・・・そいつのために部屋のひとつくらい用意してやろうかと・・・ところで小隊長は退役してからは就職するのか?最近は就職するのが難しいって?”

そしてひそひそとした小話が続いた。空軍将校は就職がうまくいくというのは昔の話だ、資格をとる必要がある、おれを見ろこんなに年をとっても自己啓発をしているんだぞ?わたしはKがそんな小言を言う度に聞いたり、聞き流したりしていた。Kの小言は就職の心配に始まり、”結婚はいつするのか?”に続くことも会った。自分の親でもないくせに、すべてのものごとに小言を言うKを理解することができなかった。

わたしが最後にKを見た時まで、つまり訓練を終えてKと一緒に初雪を見たその日まで。Kとはこうした会話をし続けた。

そう、Kには息子がいた。Kとの記憶を辿ると彼には息子がいたという事実を思い出した。キア自動車のデザイナーだと言っていた。

光州市内のキア自動車に車を向かわせた。軍服を来た男が事務室に入ると誰もの視線が集中した。わたしは人事担当者を捜し出しあれこれの事情から自動車デザイナーのキム○○氏を探していると伝えた。しかし、彼は理解ができないといった表情で対応してきた。

”そんな名前のデザイナーはいないのですが”

”そんなはずは・・・自動車デザイナーのキム○○さんです。”

人事担当者はPCで職員名簿を検索した。Kの息子を捜しているのか?彼はわたしを見てそう問うた。

”なんのことですか?”

”その方のお父様が亡くなったということで家族を捜しているのです。”

人事担当者はわたしをどこかに連れて行った。彼が私を連れた場所は生産ラインだった。調律工たちがベルトの流れに沿って動く車体を組み立てていた。あちこちで電気ドリルが回る音がうるさい。人事担当者の足が止まった所にKに似た健全な男が自動車のバンパーを付けていた。Kの息子だった。わたしは父親のことを伝えるためにここへ来たと告げたが、彼は自動車の調律をとめなかった。いや、ベルトが絶え間なく動くため止めることができないのだ。わたしはドリルの音を突き破るように、Kが死んだと、奥様の署名が必要なので一旦どこかで話をしましょう、と大声で伝えた。彼はわたしの言葉を遮りながら言った。

”・・父とは絶縁してもうだいぶ経ちます。”

日が沈もうとしていた。工場の入り口にはそうそうに退勤する人たちがひとりふたり出て行った。冬に入った天気は夕暮れの風景までも冷たく凍らせているようだった。Kの黒いグレンジャーに寄りかかりながら頭を整理した。わたしが知っていたKの奥さんは奥さんではなかった。わたしが知っていたKの息子は絶縁していると言った。いったいどこでKの家族に会うことができるのだろう。Kと2年6ヶ月もの間一緒に過ごしながら、彼と数多くの話を分かち合ってきたのにわたしはKの保護者すら探すことができない。

そのとき電話が鳴った。大隊長からだった。

”署名もらったか?”

すみません、まだ・・・言い終える前に怒号が飛んだ。大隊長は士官学校出身としてエリートコースを歩んできた。そんな彼にとって、やっとのこと地方大学を出て将校になったわたしのことなんぞ、全く気に入らなかったのだろう。そのせいか。大隊長はわたしを置いてわたしの後輩を中隊長に昇格させた。ソウル大学を出た後輩だった。わたしは後輩のもと、小隊長としての生活を続けてきた。彼が署名をもらわなければ部隊に戻るなと脅してから電話を切った。

日は完全に沈み、空には赤い残像だけが残った。夕暮れ。そうだ、いつかKと一緒にこうして夕暮れを眺めたことがあった。中尉2年目になった時。正確にはわたしが就くべきだった中隊長の席に後輩将校が就くことが決まった日だった。転籍してきた新米兵士一名がトイレに入ってから30分も出てこないという電話を受け、小隊に走って戻った。小隊のトレイの前に兵士が集まっていた。自殺をしたのか、首をくくったのか、不気味な推測だけが巡った。わたしはこうした状況が初めてなのでどうしたらいいものかわからず戸惑っていた。そのとき、Kが現れた。彼は蹴り一発でトイレの門を壊した。中には新米兵士が自分のベルトを首に巻き付けていた。Kはベルトを奪い投げ捨てた後、大声を張り上げ集まった兵士たちを帰した。わたしは瞬く間に起きた出来事に唖然とし眺めているだけだった。Kはしばらくの間、新米兵士を睨みつけ、胸ぐらをつかんで小隊の外に引きずり出した。Kは新米兵士を連れて行ったのは、小隊の屋根に繋がる階段だった。

”あがれ。”

わたしはもしかしてKが新米兵士に喝を入れるのではないかと一緒にあがっていった。屋根に立つと広がる飛行場の滑走路とその滑走路をかこっている金網が見えた。

”見ろ.”

Kはいまだ首をすくめている新米兵士の頭を持ち上げた。

”何か見える?”

”金網です。”

”金網の上に何が見える?”

Kのその言葉に、わたしも金網の上を見上げた。金網の上には沈む太陽があった。その下には遠く光州市内の様子が見えた。初めて知った。小隊の屋根からこんなに遠くが見渡せるなんて。金網だけ見つめて生きているうちはわからなかったが、少しだけ首をあげてみるだけで金網の奥には都市が、そして空があったのだった。

おそらく新米兵士もわたしと同じことを見たのだろう。しばらくの間、言葉はなかった。わたしたちはその日、夕暮れが完全に沈むまで小隊の屋根の上に座っていた。畜生。いつもシゴトをしているのはわたしなのに。こんな時にKのやつ格好つけやがって。悔しい気持ちもあったが、その日だけはKがいつもと違って見えた。

そのときと同じような夕暮れ、同じような空模様だ。なんだか怒りが込み上げてきた。死んでもわたしに苦労をかけるK。おそらくいまごろはあの世でわたしを見ながら笑っているのだろう。わたしが大隊長に対して苛立っていることにも特に気を使わないだろう。

そのとき、Kの息子が近づいてきた。彼はわたしにメモ用紙を渡した。メモには住所が書いてあった。

* *

”ここに行ってみてください。”

Kの奥さんがいる住所だった。全羅南道ワンド郡・・・から始まるその住所をナビゲーションに入力するとほっとため息が出た。まったくKのためにとにかくいろんなところに行くんだな。わたしは小隊に電話をした。わたしにKが病気だと連絡をくれた兵士が電話をとった。彼に、今日中に戻ることは無理だということを伝えた。Kが門を壊して助け出した新米兵士はもう兵長になっていた。自分を助けてくれたKの死に特段動揺する素振りすらなかったことに、余計に腹が立った。

光州からワンドまで続く2車線の国道。外は完全に暗くなってきていた。12月の早い夕暮れがワンドに向かう道をさらに寂しいものにしていた。前の車のライトをぼんやりとみながらひとつの記憶が思い出された。ワンド、ワンドだ。Kがいつかこんなことを言っていた。

”小隊長!ワンドに土地を買ったんだが・・グリーンベルトだから土地の価格が上がらない!”

Kは退役したらワンドで暮らそうと思っていた。彼はひとしきり老後の計画についてはしゃいだ後、笑いながら言った。

”退役したら一度遊びにこい、船に乗せてやる。”

”わたしがどうして行く必要があるんでしょう・・”

嫌々ながらに答えた。

夜10時を少し回った。ワンドの小さな海沿いの街。田舎町の暗闇を抜けてKの奥さんが住んでいるという家に到着した。彼女はまるでわたしがここに来ることをわかっていたかのように黙ってわたしを迎えた。おそらく息子から知らせがあったからだろう。わたしが自分の紹介をしようとすると彼女は、すでによく聞いています、と答えた。意外だった。Kを通じてわたしのことをよく聞いていたというのだ。彼女はわたしを部屋の中に通してお茶を出してくれた。お茶を飲みながら彼女がしてくれるKの話を聞いた。

何年か前、Kが自分を捜してきたそうだ。そして久しぶりに生気ある声でこう言ったという。

”二番目とそっくりに似た子が小隊長になった。”

二番目。わたしが知るにはKの息子はひとりだ。キア自動車のデザイナー。

”二番目ですって?”

彼女はゆっくりとうなづいた。

10年前、Kの二番目の息子は軍に入隊した。父親をとりわけしたっていた二番目の息子は職業軍人になることも考えていた。しかしある日、家に通報が来た。息子が部隊で自殺をしたという。Kは絶対にそんなはずがないと現場に駆けつけた。しかし次男が自殺したというその現場は既に綺麗に整理されており部隊は死体を引き取るようにだけ言った。彼らはKに自殺と書かれた死亡診断書を渡した。Kは署名することを拒んだ。しかし、彼ができることはなかった。彼は権威ある長官でも捜査権のある刑事でもなかった。ただの父親でしかなかった。自分が生涯を費やしてきた軍隊で息子を失くしたK。彼は絶対に自殺ではないという確信を持ち軍と戦いを始めた。その戦いは長く苦労のかかるものだった。Kは徐々に酒に溺れるようになった。酒癖がひどくなった。結局、我慢しきれなくなったKの妻が署名をしてしまった。これ以上食らいついたところで旦那まで失くしてしまうと思ったのだろう。Kはそんな妻を恨んだ。酒に酔っては妻を殴った。長男は母を連れて逃げた。

こうしてKは孤独になったのだ。部隊で孤立したのだった。人々との対話を絶って自ら小さな小隊に隠れた。こうして過ごすこと10年。彼はいつの間にか頑固一徹のベテラン元士になっていたのだった。

そんな彼が何年か前、おそらくわたしが赴任したその日。いきなり自分を捜してきたという。次男とそっくりのモノが新たに入隊したと。そしてそいつには父親は織らず育ったようだと。Kはわたしの父がいないことを知っていて、あの席に入ろうとしたのかもしれない。

彼女はわたしを古い倉庫に連れて行った。そこにはKが言っていた小さな船があった。わたしはその日夜遅くまでその船を触りながら眠りについた。

次の日。わたしは彼女と一緒に黒いグレンジャーに乗り、光州に戻った。喪主となり、Kの葬式に参加した。わたしは直接写真館に行き、Kの遺影をプリントした。商店会は静かだった。中隊長は大隊長を連れて到着した。わけもなくぎこちない中隊長を席に座らせ、わたしはしばらくの間Kを見つめていた。

シゴトもせずにいつも遊んでいたK。引退して資格を取り農薬店を営もうとしていたK。わたしが気分がよくないことを知ってわざわざ会食の席にまで来て中隊長に悪口を放ったK。わたしが疲れているとき憂鬱なときいつもいたずらしながら話しかけてくれたK。

そしてわたしをみるたびに先に逝った息子を思い出していたであろうK。3日葬が終わった。わたしはKの息子に残りの手続きを預けて小隊に復帰することにした。休みを終える前に、夫人は故人の生前に勤務していた小隊の前を霊柩車で通り過ぎることはできるかとお願いしてきた。わたしは大隊長を捜し夫人のお願いを伝えた。悩んでいた大隊長は飛行団からクレームが来るだろうと拒否した。わたしは入隊後はじめて大隊長に食ってかかった。仲裁に入った中隊長にも思い切り暴言を浴びせた。わたしの騒ぎ方に驚いたふたりを背に小隊に戻った。

結局、Kを乗せた霊柩車が部隊の外を一周回って旅立つとき、わたしは小隊の屋根に上がった。遠くに見える金網の上には夜明けの太陽が昇り、その下には霊柩車が走り遠ざかって行った。わたしはその車が消えるまでずっとKに向かって敬礼をした。

”いってらっしゃい。K。ずっと年上の友達。”

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