◇ ラダック 懐かしい未来 ◇

ぼくの中で空前のエコロジー思想ブームが到来、その1。

幸福の経済学?という映画が2,3年前に単館上映されたことで
再度この本の新訳版で出ていたようで、
とはいえぼくが手にしたのはなぜかこのタイミングだった。
のは、ぼくがたまたまエコロジーブームのまっただ中にいるからで
10年前に始めてのインド渡航の際に思い立ってラダックはレーの地におりたち
ぜいぜいはぁはぁこれは高山病の兆しではないかとか思いながら
吸い込まれるような深い青、蒼、碧の空に感嘆したラダックについて
ヘレナノーバーグホッジさんは実際に数年の居住生活とラダーキーを習得して
文化人類学的な観点から暴走する資本主義に対する警笛と
ラダックにあふれている東洋特有の幸福のあり方を客観的に捉えていたことを知った。

ここのところ芸術、自然に対して自分なりに感じることが年々大きくなっている中で
たとえば今回始めて年越しをインドでしてきたぼくは
どうも広がる自然の中にこつ然と存在するリゾート的な建築物、サービス、
どれもがエゴイスティックで消費的で刹那的で
いずれもコロニアリズムの延長にある入植感、開拓の精神といいますか
その辺がひっかかってリゾートをエンジョイしきれなかった部分がありました。

きっと60’s 70’sを生きた人たちはその時代の世界的な戦後感とか
いや戦後感というかまだまだ続く国際情勢の均衡感というか、
そういうのがもっともっと逼迫していていたんだろうなぁとか、
究極言ってしまえば資本主義批判みたいな色の濃いこの時代のアドボカシー的なやつらには
ともかく「時代よ急ぎすぎるな」みたいな、そういうものが多いように見受けられる。

なんとなく今の東京の一部の消費感に象徴されるような
「あたりまえの幸せが、贅沢です」みたいな、
「そんなに無理しなくても、すぐそばにある幸せ」みたいなやつ。
ここと、そこのつながりが気になる。あー気になる。
(こことそこがまだ整理できていません。)

今年は、とりとめのない文章でも、
瞬間的に自分の想いを纏める練習として捉え書き留めて行こうと思う。実験的であれ。

最後に。
山と渓谷社は、素晴らしい。

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