◇ 移民の宴 -日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活-◇

まずは錫峰、結婚おめでとう。愛に溢れた素敵な結婚式でした。
錫峰の純粋で真っ直ぐな性格が垣間見えてとても温かい気持ちになった。
実は今日の結婚式を受けて最近読んだ本と、頭を巡っていることが
いくつか結びついてしまい、、ここに記録。久々にちょっと長編です。

雪の降る横浜で編集社勤務の知人から薦められた本著、日本に住むイチ外国人としては非常に興味深い内容でした。

 そもそも生まれてすぐに日本に移ってきたぼくは、ほぼ地域/国籍/民族コミュニティとは関わりを持たずに生活をしてきた。高校、大学とそれぞれが自分を少しずつ客観的に見直す年頃になって初めて「いったいみんなは自分のことどう考えているんだろう」という漠然な想いから、異なる生い立ち/国籍/ルーツを持つ人たちと夜通し話すこともしばしば。そんなことを積み重ねながら、日本で生きて行くってどういうことだ?って、よく考えていた。気付けばそのまま日本社会へ根を下ろす方向に時は流れ、今じゃあまりそんなことも考えることもなく、まぁ昨年末の選挙時に「あぁそうだ選挙権ないんだった」と思う程度に日本社会にズッポリ状態である。

 そんな中、最近は知人が代表として活動している”多文化共生”をテーマとした教育プログラムについて一緒に考える機会をもらっている。新宿という街にはかなり多様なバックグラウンドを持った子供達が多く、そんなこどもたちが自分自身のことを少しでも上手に表現できるように、そんなことをアートの力を通じて実現して行こうと試みるプロジェクトであります。
しんじゅくアートプロジェクト

 なにかと日本で生きることについては考えが一巡したこともあってか、さほど自分が今生きている環境に疑問を投げかける機会も少なくなりがちである。ところが本著「移民の宴」の内容しかり、新宿のこどもたちしかり、本日の友人の結婚式しかり、ところどころには自分の想像もし得ないようなルールで動く全く別のカルチャーがすぐそばに存在しているものである。こういう境遇に生まれた自分は、こうした異文化なるものにある程度アンテナを張りつつも、そんな文化の隔たりが人の生活の豊かさを阻害しないように、なにか貢献できることを探していきたいななんて思う今日この頃なのであります。

まず、本著の「移民の宴」について。

 いくつかの国を旅をしていて一番感じたこと。食事の席というのはそのコミュニティの文化を如実に感じられる場である、ということである。それに国外にまで足を伸ばさなくとも、幼い頃には友達の家にお泊まりに言った時の夕飯の席で「こんなメシでるのか!」とか、そんくらい食卓というのは異文化体験の最小単位とも言えるくらいのもんである。著内では、インドからロシア、スーダンまで、日本に住む外国人の生活を食生活の場面を中心にルポルタージュ的に切り取ってくれていて楽しく読み進めることができた。読み進めながら感じたことの一つ、人間の”適応力”について。どんなに遠い国や宗教観の違う国から移り住んだ人たちでも、人間はその場で新たな根の生やし方を自然に覚えながら生活していく。どの文化が他と交わりやすいとか、あれは交わりづらいとか、そういう部分も多分にあるでしょうが、根本的に旅をしながら数千万年生きてきた人間、どこへ行っても大丈夫そうである。在日外国人の暮らしのあり方も様々なわけで、経済的な生活水準の話を持ち出せば日本の今の現状は問題だらけで、外国人の在留資格にもかなり排他的な部分が多いと感じるわけではあるものの、ぼくは幸いにも良い面だけを拾ってみる楽観的な生活があるもんで、横浜の中華街や新大久保のコリアンタウン、大泉のブラジルタウン等、そういうなんか異国間漂う日本の街にどうしてか引き寄せられるものを感じてします。おそらくかの地を離れた新たな地で、自分たちの文化を再生させるように自然とコミュニティを形成して行く人間の生き方に、強く生きるエナジーを感じるからだと思うのだ。東京には色んな国のレストランがあって、たとえばあのレバノン料理屋とか、あのベラルーシ料理屋とか、通り過ぎるたびにギョギョ!と後ろ髪ひかれる想いで通り過ぎては行けずじまいでいるわけですが、なんだかもう一歩足を踏み込んでみたくなった。そうだ、あの高田馬場のミャンマー料理屋にもそろそろ足を運んでみよう。

つぎに、新宿のこどもたちについて。

 先天的にノー天気な性格だったせいなのか、いやある程度恵まれた環境で育てられたかいあってか、ぼくは幼い頃に自分が韓国人であることで不利を被ったことはないと感じている。思い起こせば中学生の時に、大野という先輩が韓国のことをあまりにバカにするもんだからちょっと殴り掛かってやったくらいで、それ以外はと言えばどちらかといえば金聖源という名前を書く度にエッヘンおれはお前達とは出自が違うんだぞと、そんな勘違いをしながら自分は異質なのだというやもすれば誤った優越感なるものに浸りながら自分を鼓舞してきたくらいのタイプである。ところが、どうやらなかなかそうもいかないこどもたちが多いらしい。コトバの壁、なかなか異なる自分を受け入れてくれない社会、そんな対象に打ち勝つことができずに、自分をふさぎ込んでしまうこどもたちがいるようなのだ。どうもすこし大人になってからなのか、最近は自分が与えられたモノを、別の形にして還元して行きたいという想いが強まっている。自分が異なるからと言って上手に生きて行けていないこどもがいるのなら、少しでも彼らのためになることができたら、きっとそれはぼく自身をも勇気づける活動になるんじゃないか、そんな風に思うので、お手伝いをして行きたいと思っている。
 ”多文化共生”というのはなにかとつかみどころのないコトバであって、そぎ落とせば”互いを尊重して生きる”なるシンプルなコンセプトに落ちるわけだけども、現実問題なかなかそんな美談で終わらせられることばかりでないことは28年も生きていればわかるもので、そんな美しいコンセプトに近づいて行くためには具体的なアクションが必要になってくる。アートという手法にぼくが少し興味を感じているのには理由がある。それは竹田青嗣さんの本を読んだことが強く残っているせいなのだけど、アートが生きるための”技術”だと思っているからなのであります。おそらくですが、というか信念に近いのですが、ぼくたちの人生には生き方に良しも悪しきも本来であればないわけで、それぞれが美しいものを自分なりに美しいと表現できるような土壌であったほうが良いと思っている。そのためには受け入れ側の社会の許容力も去ることながら、個々人の発進力、表現力、そんなスキル/技術(アート)が持つ力ってとっても大事だと思うからな訳で、きっと欧米の教育カリキュラムにみられる”リベラルアーツ”なるものはその辺を鍛錬するものなような気がして、日本の教育が行き届かない外国のこどもたちに対してそんな技術を身につけてあげようとする試みには多大な意味があると信じているわけなのでありました。

さいごに、”在日”について。

 ここはデリケートな部分があるのでなかなか触れづらかったりもするわけですが、今日はぼくが知人の在日韓国・朝鮮人(以下は”在日”としよう)の結婚式に行って色々感じたことがあるので書いてみようと思う。先にも述べたように、祖国やルーツを離れた人たちが新たな文化を再生するエナジー、それからそこに土着の文化とミックスして芽吹く新たな様式には毎々驚きの連続である。特に在日の文化では”コトバ”が顕著な例だなと感じる。日本語と韓国語というのは語順や文法がほぼ同じということもあって、大概の文章は単語と助詞を置き換えさえすれば通じてしまうもの。在日のカルチャーにおいてはもう数十年の時を経て、そんな単語や助詞の置き換えがなされて今の韓国とはこれまた一風違ったコトバ使いをするのである。ぼくの両親ですら、70年代の韓国語をそのまま持って日本に移り住んだもんで、最近の韓国で使われる新出単語がわからなかったりするくらいだ。ぼく自身、韓国人と韓国語で会話をする時、父親の古くさいギャグのせいで、ぼくの言葉遣いがやたらと時代錯誤なものだったらどうしようとか、たまに不安になったりするもんです。なにが言いたいかって何年もこういうものを観ている中で、毎回感じるのは「コトバは生き物だな」ということなのでありました。
 ところで、今回の結婚式ではぼくは涙に涙をしたのでありました。それはもちろん知人の新郎のプロフィールビデオを観ながら、温かく降り注がれた家庭に息づく愛情そのものはもちろんのことなのですが、一方でどことなくこの在日が持つカルチャーの望郷の念、郷愁の切なさ、ぼくの大好きなコトバから引用すればまさに”サウダージ”に溢れた空気に、やられてしまったのでした。ブラジルのサウダージを生で知らないので推測に過ぎませんが、南米大陸に移り住んできた黒人達がかのアフリカの地を思いながら歌ったサンバに近い望郷の念が、在日カルチャーには存在している。ただ、ひとつこの在日カルチャーに複雑な要素をプラスしているのは半島の分断の歴史と政治的イデオロギーである。奇妙なことに、先述の”コトバ使い”に関するくだりで述べたように、結婚式の場では司会者や親族、列席者の挨拶にそのコトバ使いが如実に現れるわけだが、悔しいことにもそれは今の北朝鮮のなにかしらとリンクする要素を感じずにはいられない。悔しいと言ったのは、それは北朝鮮そのものがあくまで政治的な都合だけでいま現在、国際社会からそういう存在に扱われているだけであり、なにも根っこは変わらないのに、というそんな想いからなのである。在日は、そんな政治的しがらみの外で祖国の文化を、それこそ日々の食卓から衣服、なにからなにまで再生させてきたわけだ。ものすごいエナジーである。政治性をさっぴけば、たとえコトバが北朝鮮とのリンクする部分を臭わせようとも、参席者はそれこそ横浜中華街でおいしい肉まんを食べるように異文化をすんなり受け入れられるはずなのに、どうしてかそこに政治のワンクッションが入ってしまう。それが、悔しいのである。一方で、実はその要素が在日カルチャーのサウダージをより濃くしようとさせているようにも感じる。そんな政治的要因にも負けることなく、人間が文化を耕す力と言うか、そういう粘り強さに切ない感情と同時に力強くも懐かしい、そんな超複雑怪奇で立体的な感動を覚えるのでした。

かなり、とっ散らかってしまった。
今日は散らかったまま閉店ガラガラ。
在日の結婚式に参加して、ある種「移民の宴」を体感したな、
と、まぁそんな話ですね。あ、錫峰改めてオメデト!!

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