‡記録 ‡vol.27

たまにはただただ想いに任せて文章を書いてみよう。

桜をじっくりと眺める心の余裕もなく、環境や自然が変化していくのに
気持ちだけはどうしてもついていかない、そんな2011年の春である。
この春は一生のうち、一番暗い春だったと思えるといいな。
気付けば桜も散って新緑が生え始め、それなのに心に新しい芽が生えていない。
どことなく気持ちだけは冬のままストップしたままのようで、
さらにこんな生暖かい空気の中で大雨までに降られると心の中の
沈殿物たちにさらに重みを加えさせられているようで心苦しくなる。
久しぶりの音楽をあさってみようと思い懐かしのTRAVISなんか聞いてみた。
WHY DOES IT AL WAYS RAIN ON MEという曲があるんだけど、
本当にそんな気分だなと思った。

数日前、12年間ぼくの家族とともに暮らしてきたウサギが天国へ逝ってしまった。
ウサギというのは寂しいと死んでしまうと言われるが、
ベランダでいつも瞑想していたボーノ君は本当にたくましくも良く生きた。
「ペット」は日本語に直訳すると「愛玩動物」というらしい。漢字って、残酷だ。
さすがにもうそこに命がないボーノ君の身体を見ていると自然と涙が
止まらなかったわけだが、ウサギにしては長寿だったボーノ君がこれまでぼくたちに
与えてくれた思い出を振り返ると、他の動物たちと始めて会って天国で
楽しく遊んでいるんじゃあないかと思うだけで本当に笑いが溢れてきた。
いつも通りの変わらない日常の中で、朝バナナを食べた後に急に倒れてしまった
ボーノ君の身体に何があったのかはわからないけれど、
自然な形で訪れた死を前にすると、そんな原因の究明などどうでもいいものだと思った。

さらに数日前、震災が起きた。
ぼくが幼稚園に通っていた頃からずっと仲良しだった母の親友が亡った。
ご両親の介護で仙台に戻っていた際、ちょうど被災され一ヶ月間消息が取れぬままだった。
ぼくはその話を聞いて、本当に命や死の意味がわからなくなった。
自然の前では結局あらがう事の出来ないぼくらの生命の力の小ささを感じた。
一方で、躍起になってその小さな生命の力をフル活用して、
一生懸命仕事をしたり、生きた証しを残そうとしたりする。
それなのに、あんなにも簡単にあっさりと飲まれてしまった命たちがある事を考えると、
なおさらぼくらの生きている事の意味すらわからなくなってしまった。
きっと日本人の感覚に大きな影響与えるんじゃないかなと思った。

さらに数日前、ぼく自身にも大きな試練が降り掛かってきた。
以降、途方に暮れた日々を過ごしていたわけだが、これまた
2011年の春のせいで(暗い春のせいにしてしまおう)なかなか雲の切れ間が見えない。
自身との対話を続けているうちに何かしらの答えが見つかる事を信じながら
ただただ小さなアクションと哲学を続けよう。
あまり底抜けに明るいのも好きじゃない、
少し雲がかっているくらいがぼくにとっては健全なのかもしれない。

と、ここまで書いてみて気付いた事が一つある。
春が暗いと言いながら、なぜかちょと青春な気がしている。
これがダメ男の所以である。酒でも飲むか。

乱文失礼。

2 Comments

  1. awy

    時間というやつぁーすげーですね。かなわない。と、時間が何をやってるわけでないのに時間をすげーなと感じてしまうあたり、ダメ男なわたし。概念とは脅威なり。
    またMailをrequiredにしたんすか?

  2. >あわ
    でも君はぼくとは違う種類の違うダメ男ですね。笑 設定、勝手に変わってるのかな、、コワ。。。

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